2013/03/28

ホスティングサービスの乗り換え



ホスティングサービスの乗り換えをすることにしました。

簡単にいうとホームページと自社メールの乗っかってるサーバ業者を変えるということです。



現:iclusta



新:sixcore


【乗り換えの動機】

従来のサービスでは最初の3年間ほどは度々サーバが落ちることがあり、乗り換えの時期をうかがっていました。


サーバの稼働率に関しては最近だいぶ改善されてきた気もしますが、サブドメイン利用ができないのはネックとなっていました。


新しいWebサイト戦略の進展が停滞気味だった一つの要因でもあります。



【新旧サーバの比較】

状況としてはまだ旧サーバで稼働中で新サーバの方はテスト運用中です。


スペック自体は若干抑え気味ですが、その代わり、信頼性や安定性など、全体的にバランスよく高いレベルとなっています。


また、phpなどのサーバサイド・スクリプトを利用していますが、処理速度が非常に早いです。(体感速度ですが(・_・;)、明らかに速いので断定的な表現をしてみました)



面倒なのでドメイン管理も移し替えたのですが、こちらの費用は高い。


通常のco.jpドメインなのでお名前.comとかでもよかったかなと思いました。



【…ということで】

さてさて、準備を進めてGW頃に切り替えを行う予定です。


Webサイト自体のリニューアルをそこでするわけではないので特に何か見た目が変わるわけではありませんが、何かを変えるための準備というわけです。


GW頃にWebサイトやメール等のトラブルがあったら「ああ、たうりんやっちゃったな」って思って優しい声をかけてください。

2013/03/12

ぼくのタブレット端末

以前、購入したことしか書いていなかったが、Nexus7が意外に賢く便利だ。


普段は何の気無しに立ち上げるが、大分行きの朝ふと見たらJALで乗る便名と羽田までのアクセス方法の提案が表示されていた。



到着までの移動の最中、資料をpdf化しておいたものをAndroid版のAdobe Readerで読んでいた。


テキストの記入だけでなく手描きでの書き込み、文字データとして認識されている部分に関しては文字列を選択してアンダーラインやハイライトをつけることも可能でだいぶ紙の取り扱いに近い感覚でいけるようになったものだと感心した。


ただ、文字列の選択の際に選択範囲を変更する操作がいまいちカクカクしてて思ったとおりにできないなあというのが不満としてある。


この辺はもう少し改善の余地があるかと思う。



で、このブログポストも東海道線の中でNexus7から書き込んでいる。


レイアウト編集の自由度などこちらもPC版のBloggerに比べてまだもう一歩のところはあるけれども、現時点でも十分実用的な使い方ができるところまで来ている。


この端末が2万円しないんだもんね、すごい世の中になったものだ。


2013/03/04

鎌倉のはなし② お墓とかやくらとか


鎌倉の話の続きです。


1月後半から2月前半にかけて二回に分けてやぐらなどをめぐってきました。

  • 1回目は鎌倉時代のはじまり
  • 2回目は鎌倉時代のおわり

とテーマを決めて行ってきました。



①鎌倉時代の始まり

鎌倉駅を降りて鶴岡八幡宮など目もくれずに右折、道なりにずっと歩いてゆくと、宝戒寺があります。


ここは②で触れるとして、道なりに左に曲がり、まっすぐ歩いてゆくと横浜国立大学付属中学校があります。


校門手前の路地を右に曲がり途中道々にある案内板を頼りに歩みを進めると大蔵幕府跡があります。





ここは鎌倉時代初期に幕府が置かれていた場所です。


幕府跡を左折してまっすぐ行くと白旗神社が左手に見えます。






この白旗神社にお参りし、脇の道の階段を上りきると頼朝の墓があります。






頼朝に手をあわせ、きょろきょろしていると何やら怪しげなけもの道が。


そこは危なさそうなので階段を下りてしばらく行くとそのけもの道の通じる先と思われる場所がりました。








この近辺には同時代のみなさんのお墓が集積しているようで、北条義時、大江広元、毛利季光、島津忠久、三浦一族などのお墓が大集合しています。

です。


600年ほど後に明治維新の原動力となる薩摩と長州の祖の墓が隣同士にあるのって面白いですね。



②鎌倉時代の終わり

2週間後、鎌倉時代の終わりを巡りました。


①でスルーした宝戒寺





こちらは北条氏の館があった場所で、後醍醐天皇の命を受けた足利尊氏により建立されたものです。


その裏門の通りを奥に進み、途中ちょっと寄り道して紅葉山やぐらと滑川の端からの風景を見学。


北条氏の館跡である宝戒寺や菩提寺であったという東勝寺のすぐそばにあるこのやぐらも北条氏ゆかりの人物が葬られているといわれます。







また元来た道に戻り奥に行くと北条家の菩提寺で滅亡時、最後に立てこもったという東勝寺跡。


発掘の際には当時の瓦や陶磁器などが出土したそうです。


著作期限切れで公開されている吉川英治の「私本太平記」を先日30年ぶりくらいで読みました。


本の中の描写で最後の宴をここで催す様子が思い起こされました。





この裏手には最後の得宗、北条高時腹切りやぐらと呼ばれるやぐらがありました。





高時や高時と運命を共にした方々に手をあわせました。


人様のお墓ですので写真は撮りませんでしたが、やぐら内部の卒塔婆は宝戒寺と高倉健さんのものが見られました。
健さんは名越流北条氏の末裔とのことです。)


観光地化している近隣の神社仏閣とは違い、人影もまばらな薄暗い場所に位置するこれらの場所を巡り、敗者の痕跡はやはりさみしい思いをするものなのだなあと感じました。


次に訪れる際には何かお供えと共に来たいと思います。





ところでこの腹切りやぐら、祇園山ハイキングコースのスタート地点にもなっています。


周囲の史跡のおどろおどろしい話を知らなければ、全部のどかな風景の一部に見えるのでしょうか。


娘が歩くようになったら、おにぎりもって一緒に歩きに来ようかな。